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さて、スキャナー

使おうと思い、箱から出してドライバを入れようとすると、CDを読み込まず。
仕方がないので、販売元の富士通のサイトからダウンロードすると、「WINDOWS XPはサポートしておりません」といった意味合いの英語の窓が開き、そのまま終了。
むう……。
仕方がない、二月のボーナスが出たら良いのを買うか。

というわけで、本日の鉱物撮影は開始後十分であえなく挫折。
次回、二月にでもまたチャレンジしてみます。
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by clhaclha | 2007-01-21 18:17 | 日記・雑感

スキャナー入手

昨年末に知人からもらう予定だったスキャナーが、ようやく手に入った。
もっとも、五年以上前の物なので、あまり大した性能は期待できない。
とりあえず試し撮りというところか。

何を撮るのかといえば、鉱物標本である。
以前、ニュートンの記事でスキャナーを使った植物の撮影を紹介していて、これなら結晶の細かい部分まで撮れそうだと思ったのがきっかけである。
孔雀石の標本をデジカメで撮影したのだが、毛状というか針状というか、そういった細かい構造までは撮れなかったのだ。
明日、何個か撮って性能のほどを試してみるつもりである。
成功したらおもしろそうだ。
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by clhaclha | 2007-01-20 23:50 | 日記・雑感

帰省

一月一日夜に東京を出て、本日午前七時前に帰京、どちらも夜行バス。
正月に帰省したのは、実に何年ぶりだろうといった体である。
予定していた学校巡りの方は、大学では指導教官とお世話になった教授の両方に挨拶できた。
研究室に顔を出すと毎回、論文を書いてみないかという話になるのだが、今回もまた同じように薦められる。
大学の紀要に載せるレビューとのことなので、気楽に書けるものだから、気が向いたら写真だらけのものでも書いてみようか。
お世話になった教授というのは生物学系の方なのだが、色々な方面に手を伸ばしすぎてかなり忙しいらしい。
正月返上で文書作成に追われていたとのこと。
クマムシの実験なんかもやっていて、なかなか面白そうだと思った。

高専には顔を出したものの、知り合いの教官は全員不在。
仕方がないのでお世話になった塾に顔を出して終了。

その他、友人知人と遊び回る。
年のせいか徹夜とはいかず、それでも半徹で語り通したりとか、地元の知り合いと酒を飲んでみたりとか。
知人宅で初めてWiiをプレイした。
なるほど、コントローラが液晶に突き刺さるというのも頷ける。
遊んだソフトはガンダムハンマーとWiiスポーツ。
今までにないタイプで、みんなで集まって遊ぶのに向いているゲームである。
ただ、あまり深く攻略するというような性質のものではない。
バラエティ向きのハードのようだ。

地元の石屋であるストーンズクラブに行ってみたものの、どうやら正月休み中。
標本展示台が欲しかったのだが、購入は次回に帰省した時になりそうだ。

そうこうしているうちに風呂が沸いたようなので、入浴して一寝入りするか。
夜行バスはやはり、それなりに疲れるようだ。
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by clhaclha | 2007-01-06 08:24 | 日記・雑感

新年、あけましておめでとうございます

 毎年思うことだが、過ぎた一年を振り返ると、いつも「あっという間」としか感じられない。
 時間の観念というのは面白いもので、暇でやることがない時は、ダラダラと流れていく時間がものすごく長いように感じられるのだが、後から振り返ってみると何の思い出もなくて、あっという間に過ぎ去ったように見える。逆に忙しくて色々とやることがある時は、時間がいくらあっても足りないくらいに速く過ぎ去ってしまい、まさしく光陰矢のごとしといったふうなのだが、後から振り返ってみると、あれもやった、これもやったと、色々な思い出というか記憶が蘇り、随分と長い時間を過ごしたのだなと実感してしまう。
 結局、人間の時間感覚というものは、思考できる素材の量によって決まってしまうものなのだろう。思い出とともに、人間は時間を得るわけだ。とすると、記憶喪失の人はそれまでの時間を持たないことになる。その時点までの記憶を持たないのだから、時間の流れのある一点で、突如としてそこに現れる。もちろん、生物学的な個人は誕生した時からずっと生き続けているわけだが、『人格=時間』という考え方では記憶を失って目覚めた時が、つまりその人格の誕生した時となり、その人が現れた瞬間となる。
 そうすると、たくさんの思い出を持っている人はたくさんの時間を過ごしてきた人で、思い出のあまりない人は少しの時間しか過ごしていないという理屈になる。思い出の量が多ければ、それだけたくさんのものを持っているということで、抱えているものが大きい、重いということだ。つまりそのような人格から発せられた言葉は、重く心に響くように感じられるのだろう。
「あっという間」に過ぎた一年というのは、とても忙しかったように聞こえて、その実、空虚な一年だったということだ。これといった思い出のない、ただの繰り返しの毎日を積み上げていっただけの日常である。こういうと平凡な日常を否定しているようにも聞こえるが、そうではない。心の安寧という意味で日常は不可欠だと思う。しかしそれだけではなく、常に何かを求める心の指向性というか一本筋の通った生き方が必要なのではないか、と思うわけだ。
 そう考えると、随分とそぞろな毎日を送ってきたのだという反省の気持ちが首をもたげてくる。それを省みて今年の目標を新たに誓うのだが、常に三日坊主につきまとわれるのは、もはや何ともいたしがたい。「ここは毎日、肝に銘じて」と一念発起するのも、もはや新年のイベントとなってしまった感がある。
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by clhaclha | 2007-01-01 17:11 | エッセイ