カテゴリ:エッセイ( 5 )

新年、あけましておめでとうございます

 毎年思うことだが、過ぎた一年を振り返ると、いつも「あっという間」としか感じられない。
 時間の観念というのは面白いもので、暇でやることがない時は、ダラダラと流れていく時間がものすごく長いように感じられるのだが、後から振り返ってみると何の思い出もなくて、あっという間に過ぎ去ったように見える。逆に忙しくて色々とやることがある時は、時間がいくらあっても足りないくらいに速く過ぎ去ってしまい、まさしく光陰矢のごとしといったふうなのだが、後から振り返ってみると、あれもやった、これもやったと、色々な思い出というか記憶が蘇り、随分と長い時間を過ごしたのだなと実感してしまう。
 結局、人間の時間感覚というものは、思考できる素材の量によって決まってしまうものなのだろう。思い出とともに、人間は時間を得るわけだ。とすると、記憶喪失の人はそれまでの時間を持たないことになる。その時点までの記憶を持たないのだから、時間の流れのある一点で、突如としてそこに現れる。もちろん、生物学的な個人は誕生した時からずっと生き続けているわけだが、『人格=時間』という考え方では記憶を失って目覚めた時が、つまりその人格の誕生した時となり、その人が現れた瞬間となる。
 そうすると、たくさんの思い出を持っている人はたくさんの時間を過ごしてきた人で、思い出のあまりない人は少しの時間しか過ごしていないという理屈になる。思い出の量が多ければ、それだけたくさんのものを持っているということで、抱えているものが大きい、重いということだ。つまりそのような人格から発せられた言葉は、重く心に響くように感じられるのだろう。
「あっという間」に過ぎた一年というのは、とても忙しかったように聞こえて、その実、空虚な一年だったということだ。これといった思い出のない、ただの繰り返しの毎日を積み上げていっただけの日常である。こういうと平凡な日常を否定しているようにも聞こえるが、そうではない。心の安寧という意味で日常は不可欠だと思う。しかしそれだけではなく、常に何かを求める心の指向性というか一本筋の通った生き方が必要なのではないか、と思うわけだ。
 そう考えると、随分とそぞろな毎日を送ってきたのだという反省の気持ちが首をもたげてくる。それを省みて今年の目標を新たに誓うのだが、常に三日坊主につきまとわれるのは、もはや何ともいたしがたい。「ここは毎日、肝に銘じて」と一念発起するのも、もはや新年のイベントとなってしまった感がある。
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by clhaclha | 2007-01-01 17:11 | エッセイ

夕暮れ

 つい先頃まで積乱雲だったものが、今朝はもう鰯雲に変わっていた。残暑はとうに終わり、すっかり秋めいた風が真横から差し込んでくる朝日の中で、一吹き、二吹きと走り過ぎていった。
 十月は収穫の季節だ。山も田畑も落ち着いた色に染まり、処々に燃えるような紅葉や漆、あるいは蔦の葉などが彩りを添える。丘に広がる田んぼには穂が重く垂れ下がり、柿や栗、あけびなどが山裾の林で豊かに実を結ぶ。
 秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、と続く枕草子の一節はあまりにも有名だが、秋と聞いてまず頭に浮かぶのは、今まさに稜線を越えて山の向こうへ帰らんとする、大きく揺らめく紅い夕陽だ。

 あれは中学生の頃だ。
 秋になると、山へ入る回数が多くなる。
 畦には柿、林には栗、森にはあけび。秋晴れの休日、昼過ぎに家を出ても、数時間もすれば夕暮れとなる。だんだんと朱みを帯びてくる森に囲まれた景色の中、柿の木の上でもぎたての実を頬張りながら、紅く染まった西の空に目を向ける。丘の上から見渡す景色は遠くからだんだんと黒の領域が広がって、やがてすべての風景が黒と紅の二つに染め分けられる頃、燃え落ちる前の線香花火のような色をした太陽が、それこそ線香花火が燃え落ちるように、山の向こうへと消えてゆく。
 その時初めて、夕陽は揺らめきながら山を越えるのだと知った。

 道端を飛ぶとんぼの背が、赤く染まってきた。公園の端に茂ったすすきは、いつの間にか穂を広げている。
 夕暮れが一際映える季節。朱く染まる西の空に目を向けて、広い駐車場に一人佇む。斜陽の中で、あの頃の光景を思い浮かべる。
 このまま待ち続けていれば、また同じ光景を目にすることができるのだろうか。
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by clhaclha | 2006-10-15 23:51 | エッセイ

ヒグラシ

 梅雨が長かったせいか、今年平成十八年の夏は蝉の声を聞くのが随分と遅かった。
 今年最初に聞いたのは、確か梅雨もそろそろ明けようかという七月も下旬に差し掛かった頃だったと記憶している。小雨の降る中、裏の家の庭の木で蝉が鳴いているのを聞いて、ようやく夏を実感したものである。

 八月の早くも下旬となった今日、車を転がして山の方へ行ってきた。
 首都圏といえど市街地を抜けると、ヒートアイランドなどという下世話なものとは無縁の世界である。多摩丘陵などの高台は、都心部と比べて5℃くらいは気温が低そうだ。
 昼下がりというよりは夕方前といった方が良い時間ではあったが、窓を開けて走っていればクーラーのスイッチを入れるかどうか、迷ってしまうほどである。やがてまばらな木立の中に入ると、いっそ涼しいくらいになる。
 そんな折、耳に入ったのはヒグラシの声だ。
「カナカナカナ……」と、なにやら物悲しく聞こえるあの声には、なぜか昔から秋、それも中秋から晩秋に掛けての季節を強く感じてしまう。
 夕方に鳴くというのが理由の一つかもしれない。日が落ちた頃の朱に染まった空は、秋という季節にものすごく近しい印象を持っている。
 それとももっと直截的に、もの悲しさを感じることが、すなわち秋を連想させてしまうのだろうか。
 自分の心でありながら、正確なところはどうやら分かりそうにない。

 木立を過ぎると日差しが戻り、それと共にヒグラシの声も飛び過ぎるように置き去りにされていく。 日は短くなったといえど、まだまだ真夏の太陽が照りつける。
 疎林に入る前の、何とも微妙な暑さが戻ってきて、けれどもクーラーのスイッチを操作しようかという気には、もうならなかった。
 ずっと涼しい秋の気配が、随分身近に感じられた。
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by clhaclha | 2006-08-20 23:24 | エッセイ

三十路

 今年になって迎えたわけでもないが、三十路である。
 三十路というと、一昔前までは「もういい年したオジさん」という、何やら陰鬱なイメージを彷彿とさせる言葉だったが、近年では三十代といってもまだまだ若いカッコをしたおにーさんが多い。……まあ、贔屓目な主観が多分に入り混じっていることは、否定しがたい発言であることは認めざるを得まい。
 論語では三十歳の異名を而立という。「三十而立(三十にして立つ)」、つまり孔子が学問の基礎を確立した年齢である。
 現代では、普通に大学を卒業すれば二十二で、大学院を後期課程まで了えたとしても二十七である。つまり、孔子よりも三年早く而立しなければならないということだ。
 孔子の頃から下ることおよそ二千五百年。短くなった一割の時は、「三年も」というべきか、「三年しか」というべきか。この三年が、人類の二千五百年懸けた進化だなどと考えるのは、妄想も甚だしいかもしれない。いずれにせよ、これが早いという実感はあっても、遅いとは到底思えない。自分に当てはめてみれば、それはじっくりと考えるまでもなく分かることだ。
 ちなみに、生物というのは知能が発達したものほど、子供時代が長い傾向にあるらしい。子供のように好奇心を持って環境に接することが、知能の発育を促すということだろう。その説を信じるなら、三年の短縮は進化ではなく退化ということになりそうだ。
 とはいえ、いつまで経っても子供のような人は多いし、精神年齢が実年齢に追いついていない人は近年、とみに多い。知能の発達と精神の発達とは、実はまったく関係のないものなのかもしれない。そういう進化の道筋を、人類は辿っているということなのだろう。
 ところで、四十歳のことを不惑という。「四十而不惑(四十にして惑わず)」、心に惑いがなくなったのが四十だ。
 そういえば十年前、二十歳になる時に「二十の大台だ」などと騒いでいた記憶がある。三十になる時も何やら似たようなことを言っていたのだが、さて十年後、惑うことなく四十を迎えられるのだろうか。
 迎えられる、などと断言はすまい。いつまでも若くあるために、心だけはいつまでも若くありたいのだ、などと言い訳じみたことを言ってみる。
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by clhaclha | 2006-07-16 04:15 | エッセイ

近頃、ふと思い出すもの

 近頃、ふと思い出すもの。

 家にあった安物のラジオの声。
 朝起きてから登校するまでずっと掛かっていたのは、岡山のローカル局山陽放送ラジオの朝番組である。朝餉の支度をしながら母が聞いていたものだ。松下電器が提供していた番組で、未だにそのメロディが頭の中で再生できる。『いつのりさんのおはようさん』という番組だったのだが、いつの間にかレギュラーチェンジしたようで、途中から『いつのりさん』の声は聞かなくなった。

 缶蹴りの潰れた空き缶。
 小学校から中学校に掛けて、近所の幼馴染みと缶蹴りをしていた。家は団地の中の生活道路に面した場所にあって、やっていたのはその場所だ。一般の住宅地と違って団地はそこそこ見通しが利き、共有空間部分はそれなりの広さがある。隠れる場所は道端に停められた車や団地そのもの、生け垣など。カーブミラーなどもあって、盛り上げるための設備には事欠かない。隠れて、走って、缶を蹴る。缶を蹴る前にオニに見つかって、缶にタッチされるとアウトだ。オニより先に蹴ると、そのままオニが続行。捕まっていた他の子供達も一緒に逃げる。オニより先に蹴っても、スカ当たりなら缶が転がるだけで、すぐさま缶を立て直したオニに全員一網打尽となって大顰蹙を買う。毎日缶を蹴って、毎日車にぶつけて、それでもあまり怒られなかったのは大人の寛容か、それとも単に気付いていなかっただけなのか。

 秘密基地を作ったこと。
 橋の下、建築資材置き場の土管の中、木工所の材木置き場の屋根裏、丘の斜面を削りかけて放棄された住宅造成地など。田舎には大人が知らない、子供だけの秘密の場所がたくさんある。山の中の地元の老人しか知らない小さな祠、粗大ゴミ置き場に通じる丘の斜面の獣道、何故かうち捨てられている遺跡の発掘現場など、数え上げればきりがない。そんな中でも重宝するのは、近くに食料調達ポイントがある場所だ。食料調達といっても店など金の掛かるものではなくて、甘い実をつける柿の木とか、木苺の自生地とか、あけびのなる森など。人の手が入らなくなって久しい果樹園は、大振りのすももがなる時節など重畳この上ない。神社など隠れるには打ってつけの場所だが、なぜか秘密基地にはならなかった。棒きれを振り回して、日々『修行』に励んでいた。

 山菜採りのこと。
 春は蕗の薹、土筆、蕨、たらの芽、蓬、筍。夏は野苺、木苺、出遅れの蕨。秋は栗、柿、あけび、山芋。冬は冬柿。一年中、山に出掛けていた。たらの芽など、毎年競争になる。山菜資源の豊富な場所は山に出入りする者にとって最高の秘密だ。秘密が多いほど、山が楽しくなる。

 おしなべて。
 遊んだこと、学んだこと、歩いたこと、探したこと。毎日やっていたこと。そして今はやっていないこと。やろうと思っても出来ないこと。すべては記憶の中だけにあるもの。
 そんなものが時々、胸の裡に去来する。
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by clhaclha | 2006-05-28 22:10 | エッセイ